Hip Pop Boogie chapterⅡによせて

私が好きなものに対して思うことを文章として残したいと思ったきっかけの1つが、ツイッターでやった「#DMで来たふざけた質問もガチな質問もできる限りTLで答える」というタグでした。
その中の「『Hip Pop Boogie chapterⅡ』で、すきな歌詞はどこですか?」という質問。それに対する答えはもちろん140字には収まらず、答えを画像4枚に分けて添付するという事態に。笑

その時の私の答えを加筆修正しつつ、『Hip Pop Boogie』という曲を中心にアレコレ述べていきたいと思います。

1.『Hip Pop Boogie』について

嵐ファンの人じゃない人も見ていると思うので、ざっくり『Hip Pop Boogie』という歌について。2008年4月に発売された『Dream "A" live』の初回盤に収録されている1曲で、櫻井翔さんのソロ曲です。作詞も櫻井くんがしていて、ほぼ全編ラップ。映像として残っているのはARASHI AROUND ASIA 2008、アラフェス'13(と、後述する宮城ライブ)*1

好きな歌詞として挙げたのが、「ステージ上終身雇用」と「MY LIFE IS MY MESSAGE」。

嵐になる少し前、櫻井くんはジャニーズを辞めようと思っていました。ジュニア時代から有名私立の男子校に通っていましたし、色々なインタビューなどから察するに、様々な且つ相当な葛藤があったのだろうと思っています。それを強く感じたのが、櫻井くんが32歳の時に雑誌で書いた、17歳の自分への手紙。
「1999年。嵐になる直前。(中略)“はぁ…。なんだこれ…。とんでもないことに巻き込まれた。辞めようと思っていたのに。”そう思っていることと思います。イラついて、ピリピリしていると思います。」*2

1999年のデビューこそ華々しかったものの、嵐はなかなか上手くいかない時期も長くありました。
その後、嵐は2005年の花より男子のヒット、2006年初のアジアツアー、2007年初の単独ドーム公演…などと、徐々に一般の人たちからの知名度も上がり、人気も獲得していきました。そうして2008年春から初夏。『Dream "A" live』を引っさげたツアーで初めての5大ドームツアーを行います。9月には、初めての国立霞ヶ丘競技場でのコンサートも行われました。

この時に歌われたのが『Hip Pop Boogie』でした。
辞めようと、とんでもないことに巻き込まれたと思っていた17歳の櫻井くんが、26歳になって「ステージ上終身雇用」と、たくさんのファンの前でキラキラしながら歌っている。どれだけの葛藤があったか、どれだけの壁にぶつかったのかは私にはとても推し量ることはできません。ただ、それでも辞めずに、かつこの先ずっとステージの上で輝き続けてくれるという力強い覚悟のようなものをこのワンフレーズから感じます。
さらに「MY LIFE IS MY MESSAGE」。自分の人生すべてが自分の伝えたいことだと言い切る。めっちゃかっこよくないですか。

この2つのフレーズが、昔も今も大好きです。

2.「Hip Pop Boogie chapterⅡ」について①

まず「Hip Pop Boogie chapterⅡ」が何かといいますと、前項でチラッと言いました、2015年9月の『ARASHI BLAST in Miyagi』で歌われた櫻井くんのソロ曲。2008年の「Hip Pop Boogie」をベースに一部の詞が書き換えられています。今回は、この書き換えられた詞の中から、3つのフレーズを中心に書き進めていきたいと思います。

1つめは、「後追いどもみなまず至らず」。
この歌を聞いたタイミングが、櫻井くん・大野さん・シゲの『ZEROカルチャースピンオフ アイドルの今、コレカラ』*3を見た少し後だったんです。
この番組の終盤でシゲが言った「後輩は嵐の背中を追いかけますよ」に対して、櫻井くんが「全力で逃げ切るよ?(笑)」って言ったんです。
冗談っぽく笑い交じりで話していたのですが、このフレーズを聞いたときに一瞬で思い出したやり取りでした。
この時の櫻井くんの歌声や立ち姿に「ああ、到底この人には敵わない」と感じてしまって、色んな意味でグサッときたフレーズでした。

3.「Hip Pop Boogie chapterⅡ」について②

2つめは、「こんな景色はみんなのおかげ ここまで連れてきてくれるなんて」。
まさか。翔さんが。この詞をあの場で歌うなんて。(衝撃)
櫻井くんがファン想いじゃないなんて思っていないけれど、ここまでストレートな言葉を使うイメージがなかったんです。
戸惑いながらも嬉しいなぁって、「むしろお礼言いたいのは私だから!(泣)」なんて、涙を流しながら聞いていました。

4.「Hip Pop Boogie chapterⅡ」について③

3つめは、「大きな愛抱いたり願いたい未来また描いたり」。
2008年の歌が「あの時」の詞ならば、2015年のchapterⅡは「今」と「これから」についての詞だと思うんです。
2008年は嵐というグループが大きく動き始めたときで、詞も“自分たち”が中心で、どこか見えない先への不安と、5人で突き進んでやるっていう決意が端々に見られるような気がするんですよね。
それに対して、2015年は温かくて愛に溢れてる。“自分たち”から、外へ、“ファンの人たち”へ向けた詞も含まれるようになっていて、2008年に比べて外を見る余裕も出てきたのかな、と勝手に思っています。
それを象徴してるのがこのワンフレーズだと思うんです。だって、2008年のここの詞、「罵り合い大会なんて僕らは見たくないんだい」ですよ(笑)



まだまだ書き足りないことはたくさんあるのですが、すべて書こうとすると収拾つかなくなりそうなので(笑)
あと言いたいこととしては、コンサートの時、後ろのスクリーンでわちゃわちゃしているメンバーを背に、誇らしげに「いままでこれからもこのメンツです」と歌いきる櫻井翔くん、かっこいいの極みすぎる。
私にとって、いつだって櫻井くんは大きくて、ずっとずっと先にいる偉大な人なんです。
これからも、ずっとずっと5人の作る景色を追っていきたいと思います。

*1:2016年4月3日時点

*2:H, 2014年3月号より引用

*3:2015年7月30日0時59分~・日本テレビにて放送

「またね」に含まれた切なさ-『フラジャイル』第5話

(※ネタバレを含みます)


「安田くんのお芝居が見れる!」と、情報が流れて以降待ちわびていた2月10日。
『フラジャイル』第5話を見ました。

原作を一切見ていなかったので、先の展開がどうなるのかと少し怯えつつ1時間TVを見つめていました。
見終わったときの気もちは、「悲しい」「つらい」「切ない」。もともと語彙力が乏しいこともありますが、言葉が出てこない。ただ、悲しい。

今回のドラマの中で引っかかったのが、タイトルにも含まれている「またね」という言葉。屋上で小早川くん(安田章大)と森井くん(野村周平)が会話をするシーンの、一番最後に交わされた言葉です。

私は、「またね」という言葉は寂しさや切なさの詰まった言葉だと思っています。
普通なら「また会おうね」の意味ですし、再会の約束の前向きな言葉として捉えられるのだと思います。
ただ、その「また」はいつ来るのか?すぐかもしれないし、何年も何十年も先かもしれない。もしかしたら、一生来ないで終わってしまうかもしれない。「また会いたい」「きっとすぐ会える」と思っている人ほど、なかなか会えなかったり、もう会えなくなってしまったり。それはドラマの話ではなく、現実でも十分起こり得ることだと思うのです。

今回のドラマ。生きることを諦めていた小早川くんが、森井くんたちとのやり取りの中で、自分の中に残っていた「死にたくない」という気持ちと向き合い、精一杯生きようと思うようになりました。
その後の屋上のシーン。自転車に乗っていた時に見上げた曇天とは打って変わって、眩しいほどの晴天の下。小早川くんと森井くんが「また会いましょう」という会話を交わしました。
余命は1年と宣告されていた小早川くん。限られていたとはいえ、初めてできた友達の森井くんと「また」話す時間は残っていたはずでした。

しかし、その「また」は来なかった。

生きることを諦めて、ぼんやりと、なんとなく毎日を過ごしていた時ではなくて、前向きに生きようと歩き出した時に小早川くんは亡くなってしまう。
この唐突な幕引き。なんて人生は残酷なんだろう。
「またね」の言葉の脆さを痛感させられました。


さて、小早川くんについて。ドラマの前から「安田くん適役!」との言葉がツイッター上で多く見受けられました。
保育士だったり、音楽を作ったり。最期の子どもを助けるシーンなんかは、安田くん自身もそういう人だよな、なんて。

ドラマを見終わって、ふと思い出した雑誌での安田くんのインタビューがありました。

(ずっと心に残ってる言葉を聞かれて)「『あなたがなにげなく過ごした 今日という一日は 昨日亡くなった方が あれほど欲しがった明日』って言葉なんだけど、ふだんからホントそう思ってる。今日があることは幸せだなって感じてる、いつも。だから、大事に生きなきゃなって。」*1


今を精一杯、悔いなく、全力で生きる。簡単そうで案外難しいことなのかもしれませんが、それでもそんな生き方に近づけるようにしたいなと思わされたドラマでした。

*1:Wink up, 2011年1月号,42頁より引用